![]() 使い古されたフレーズかも知れないが、歴史には「光の時代」と「闇の時代」がある。 では終戦直後の昭和20年代から現在までをこの二つに分ける時、あなたはどこに線を引くだろうか?すべては「光の時代」だったのだろうか?それとも「闇の時代」だったのか?それともどこかで「切り替わるポイント」があったのだろうか? 多くの人は「世紀末」「新世紀」という感覚に従い、おそらくは「1999年」と「2000年」で区切るのかも知れない。「世紀末」が「闇の時代」で「新世紀」は「光の時代」だと。そうかと思えば全てを「光の時代」だと思う人も、その逆もいるかも知れまい。 これほどの意見の食違いが出るのは、つまるところ「光の時代」「闇の時代」とはいかなるものであるかの「定義」が曖昧だからなのだと私は思う。では何をもって「時代」を「光と闇」に分けるべきであるか?これを「良識の変遷」「戦争の有無」などと分別を行なう考え方は、実は極めて「人間的」である。それは「光と闇」の「本質」を理解しているとは言い難い。 「光と闇」とは「善意と悪意」であるか? これは「否」である。 「光と闇」とは「興隆と退廃」であるか? これも「否」である。 「光と闇」とは、魔術的思考に沿って考えれば「昼と夜」であるのが正しい。 「昼と夜」は互いに「回転し」「補完する」と考えるのが正しいのだ。夜行性の動物が昼に眠り、昼間行動するものがその逆であるように「光の時代」は「闇の時代」の「顕現」をすでに「潜在させていなければならない」。その逆も然りである。昼に生きる動物も夜に生きる動物も「その生活習慣や生態」は「極めて似ている」のが自然の摂理で、しかしその「顕現」は全く逆の様相を持つ。時代はそれに非常に似ている。 それを踏まえた上で、上の時代の流れを「光と闇」に分類するならば、まずは「終戦」から「平成バブル」までの時代は「光の時代」であった。ここが分岐点であり、魔術的リンクの示す通りそこで「昭和」が終わったのである。翻って考えれば「昭和の初め」から「戦争」までの前半期は、これもまた「平成」の現在に非常に近い「闇の時代」だったのだ。 時系列に従って考えてみよう。 まず昭和の「光の時代」の始まりである「終戦」に該当する「シグナル」は「平成」の初めに見出せるか?これは、見出せる。「ソ連」解体である。 「終戦」は「第二次世界大戦」の終りであった。ではあの「ペレストロイカから始まったソ連解体」は何であったのか?これも「終戦」なのである。これは極めて簡単な理屈で「光の時代」の昭和後半期は「米ソ」の「冷戦時代」と言われ、実質この二大国の緊張の「破局点」があの「ペレストロイカ」だったのである。 あれは「第三次世界大戦」の「終戦」であった。 「第三次世界大戦」は完全な「経済戦争」であり「無血戦争」だった。戦争でありながら一滴の血も流さず「社会主義陣営が崩壊」したので人々は「それを終戦と捉えられなかった」だけの話なのだ。ではこれを「第三次大戦の終戦」と捉えた場合「日本は勝ったのかそれとも負けたのか」? 日本は「負けた」。これが「バブル崩壊」である。これは来るべくして来た「運命の終着点」である。なぜなら「光の時代」と「闇の時代」は「昼と夜」なので、その「始発点」も運命的な「一致」を見なければならないからである。「光の時代の始まり」が「敗戦からの復興」ならば「闇の時代の始まり」もまた、そうで無ければならない。 よって若干時間を遡行して考えれば「バブル期」の「日本企業の海外進出」もまた「戦争時の日本のアジア進出」と完全にリンクを起こしているのだ。違いはそれが「有血か無血か」だけである。 次に起こったのは「戦争責任の弾劾と新たなる価値観の導入」であった。これも完全に「光と闇」とでリンクを起こしている。そもそもバブル崩壊の引き金となったのは「湾岸戦争時」の株価暴落であったと見られているが、これは一時的なものであった。完全に崩壊を決定付けたのは「大手証券会社の損失補填発覚」であり高度経済成長期には「当たり前の論理」として通用していた理屈はこの時点で「弾劾」され、人々は指針を失った。金拝主義が「悪」として葬られたいきさつは、 これは完全に終戦時の「軍国主義の弾劾」とリンクしている。 今ここでその是非を私が問うつもりは無いが、各々の時代の「軍国主義」も「金拝主義」も(知能的に)優れた指導者の元で見事に実践され、その時代の復興を果たしたのは厳然たる事実である。もちろん私がここに何度も書いているように「全ては永遠を保証しない」のでその終りは来るのだが、それが「弾劾」という形で終りを告げているところに「光と闇の相似点」を見い出す事ができる。 そして次に何が起こったのか? 終戦期から10年は「混乱と復興」であった。これもリンクしているはずならば「バブル崩壊」からここ10年も「何らかの混乱と復興」が起こっていなければならない。ではそれは何であるのか?それを見い出す鍵は、上記の「光と闇の関係」にヒントがある。 光と闇は「極めて似ているが、全く違うように見える」。 それは「全く違う部分が表で取りざたされ」「極めて似ている部分は巧妙に隠される」からである。私が前回書いたのもその点であった。 「バブル崩壊」において「巧妙に隠された部分」は「終戦とのリンク」であった。 それならば、「戦後の復興」も巧妙に隠されていなければならない。 終戦直後、土地は「サラ地」であった。そこに人々が「勝手気ままに店を作り」、 やがて少しづつ「草の根的な秩序」が生まれ、行政は「後から追い付いた」のが「戦後の復興」の「本質」である。 これと「極めて似ている現象」とは何であるか?もうピンと来た人もいるだろう。 もちろんこれは「インタ−ネットの普及」である。 ----------------------------------- 「昼と夜」の関係は「活動する主人公の逆転」をも意味する。 昼間動くものは夜眠り、夜動くものは昼眠る。 それならば「戦後」から「平成」までを支えてきた「金融」「土地」「証券」を初めとする「近代日本を作り上げた主人公」は「現在は眠っている」のが当たり前で、その眠っている相手に必死に「餌を与えようとして」税金を導入する行政の未来予測のお粗末さは、私のような一介の魔術師にも劣ると言わざるを得ない。それでもここ最近になってようやく気付いたのか、国や地方自治体も「ネット関連部門」に力を注ぎ始めたこの「タイムラグ」は、非常に戦後の行政の「出遅れ」と似ている。さらに現在活発に動くこのインターネットがそもそも「アメリカの提供によるもの」であることすら、日本の民主主義が「アメリカ主導」で行なわれた経緯と完全にリンクしている。光と闇は繰り返すのだ。 「光と闇」は「極めて似ている」。 「違う部分」は、「見えるか見えないか」だけである。 バラックと新規企業群が混在した混沌期もネット上では既に経過している。 これも見えなかった。道路網の整備やそれに伴う「コア(核)」の出現も、通信網とプロバイダの充実と一致しているのだ。そしてこれも見えない。初期的混乱状態、無法状態、犯罪の増加、すべて戦後動乱期とネット黎明期はリンクしている。そこに出現する秩序、法治と無法との「住み分け」、すべて現実の20年代後半から30年代にかけて起きた現実と完全に一致している。 しかし全ては目に見えず、見えぬからこそ「全く違うように取りざたされた」。 見えるものと見えないものが「全く違う」と認識される事は当然の帰結なのだ。 すでにネットオークション等による新しい流通経路、販売経路の発達、ADSLを初めとした高速通信網の充実を見れば、昭和30年代以降の「高度経済成長期」とリンクする「見えない成長期」は準備段階を完了しているかのようにも思える。事ここに至って自社にネットの専門家あるいは部門すら無い企業、ホームページも持たずメールの送信もおぼつかない企業は、当時の「区画整理と道路の開発」が完成した後でも「自社に車も運転手もいない」状態と一致する。後は淘汰を待つばかりである。それほどインターネットを核とした「情報通信社会」は発達の予感を秘めている。単なる流行では無いのだ。 そしてこれからの「時代の変遷」もまた「見えない」という事がキーワードとなる。 相手も見えない。経路も見えない。個人も全体も見えなくなる。 これこそ「闇の時代」である。 そしてその本質が「光の時代」の繰り返しである事を知っている人間だけが見えるのだ。はっきりとは見えずともおぼろげに判る。あたかも住人が自宅の電気のスイッチを闇に探り出すように。その差は、極めて大きい。 見えないからこそ「情報が価値を持つ」。それが情報社会の本質である。 見える時代には全ての人に見えるので、なんら無価値であったものが、 これからは価値を持つ時代となる。 ではこれまでの時代の推移の検証はここまでとして、 次回からは、これからの10年先、20年先がいかなる変遷を遂げるか、 それを不祥ながら私ユウラが予言する事としよう。 ユウラ |