「吊るされた男
 THE HANGED MAN」


あるところに運の悪い男がいた。

彼は器量も才能も平凡で、これといって秀でた技術もなく、
しかし疎まれるような性格でもなかったので、
普通に街で働いていたが、
どうにも運が悪いせいか、彼のいた店は潰れてしまい、
彼は路頭に迷う事になった。

田舎の農家の馬屋で夜露を凌いでいるうちに、
彼はうとうとと眠り、夢を見た。


夢には老人が現れた。

「おお、このようなところで寒さを凌ぐとは哀れな。
 なぜおまえは暖かな寝床を求めないのか」

老人に気付いて、彼はたずねた。
「あなたは誰です」

「私は神だ」
「冗談を言っちゃいけない。この世に神がいるならば、
 私がこれほど運の悪いはずがない」

「そんなに運が悪いかね」
「そうですとも、私なりに頑張って働いてきたのに
 何故こんなところで寝なきゃぁいけないのか、私が聞きたい」
「それほど言うなら、私が三度だけ運を授けよう。
 欲しいものを言いなさい」
「欲しいものですか。では金が欲しい」
「どのくらいかね」
「一生使い切れないほどの財産を下さい」
「いいだろう。ではこれよりお前には財産がある」


そして朝になった。彼は眼を覚まし、ため息をついた。
「やはり夢だったか。そんな上手い話があるわけもないか」

しかしその時彼は焦げ臭い匂いを嗅いだ。
慌てて外に出てみると、隣の農家が火事であった。
炎の中より助けを求める声がしたので、男はそこに飛び込み、
その家の老夫婦を助け出した。

「おお、あなたは命の恩人です」
「いえいえそんな、私こそ一夜の宿を黙ってお借り致しました」
男は正直にこれまでの身の上を話した。しかし夢の話は黙っていた。

「それはお困りでしょう。ぜひ家で働いて頂ければ、私らも助かる」
老夫婦は言った。
「助かります。こちらこそぜひ働かせてください」


こうして彼は真面目に働き、しばらくの歳月が流れ、
彼が勤勉であったので老夫婦は彼を養子にした。
彼は農家の他に店も開いた。店は繁昌し、ほどなく使用人も増えた。

さらにしばらくして夫婦は正式に彼に財産を譲り、
彼は家と馬と田畑と店を手に入れた。




さてこの街には、若い勤勉な税務官がいた。
若い税務官は彼の家に赴き、多額の税を払うよう催促した。

「そんなに金を払えるわけがない」男は怒って税務官に言った。
「正当に算出した金額の高です。きちんと支払われるように」
そう言って税務官は帰った。

店の使用人がそっと彼に耳打ちした。
「金を握らせれば良いのです」
「そう上手くいくのか」
「どこの街でもやっている事です、そうして皆、
 商いを大きくしているのです」
それは確かにその通りで、当時はごく当たり前の事だった。

彼もそれに倣って税務官に金を握らせようとした。
しかしこの若い税務官は実直だったので、これを拒んだ。

彼の店はこれよりさらに流行って、売上げも大きく伸びたが、
当たり前に税を取られたので、
周辺の彼より遥かに売上げのあがらない同業者より、
その資産は多くなかった。
同業者たちは「商いの下手な成り上がり」と言って、
彼の事を嘲笑していた。

「つまらん。あの税務官め。なんという不公平だ」
こうして夜になると彼は酒を飲み、
そのまま酔いつぶれて眠る事が多くあった。




ある夜、夢に老人が現れた。

「おお、このようなところで酔いつぶれるとは哀れな。
 なぜおまえは暖かな寝床を求めないのか」

「あなたか、約束が違うではないか」
「そうかね。お前は良く働き、多くの税を街に収めている。
 それは人々の役に立ち、
 一生働いてもお前一人だけでは使い切る事はない」

「なんて事ですか。そんなつもりで言ったのでは無かったのに。
 ああ、なぜ私は運が悪いのだろう」
「そんなに運が悪いかね」
「そうですとも。どうしてこの街にだけ、
 あんな融通の効かない税務官がいるのか、私が聞きたい」
「それほど言うなら、私が二度目の運を授けよう。
 欲しいものを言いなさい」
「欲しいものですか。では力が欲しい」
「どのくらいかね」
「あの税務官を打ち負かすだけの権力を下さい」
「いいだろう。ではこれよりお前には権力がある」


そして朝になった。彼が眼を覚ますと、屋敷が慌ただしかった。
使用人の一人が彼に報告した。
「領主様からの使いの物が来られています」

彼はこの地方を治める領主に呼び出された。

「この度呼び出したのは他でも無い、お前の常日頃の勤労ぶりが
 私の耳にも聞こえてきたのだ。頑張っているそうではないか」
「勿体無きお言葉、ありがとうございます」
「ついては領土全体の交易を司る長の職についてもらいたい。
 どうだ、やってはくれないだろうか」
「私ごときでよろしければ。何なりとお申し付け下さい」





こうして男は交易長となり、大きな権限を手に入れた。
とたんに今まで彼を笑っていた周辺各地の商人達が、
手のひらを返したように彼の元に挨拶に来た。

「なにとぞこれからもよろしく」
「これはほんの手みやげ代わりですが」
「ご遠慮なくお納め下さい、ささ、どうぞ」

そのたびに彼は顔を紅潮させ、賄賂を押し返した。
「あれほど人を馬鹿にしておきながら、
 今さらよくこんなものを平気な顔で持ってこれるものだ。
 こんなものよりここ数年の帳簿を提出しなさい」

彼には多分に私怨が混ざっていたが、
それでも各地方の汚職役人と悪徳な商い主を一掃してしまった。

「義を通すにしても、あまり派手にやられますな。
 敵を多く作ります」
彼に進言したのは例の税務官であった。

「聞いた風な事を。お前が私にやってきた事ではないか」
「それはあなたが成り上がり者だったからです」
「何だと」
「火事がきっかけで養子縁組をされたのは、
 噂に聞いて知っておりました。
 あそこで要らぬ世間の悪知恵を憶えてしまえば、努力を怠り、
 始めたばかりの商いも上手くいかなかったでしょう。
 使用人に店を取られて放り出されるのが落ちです」

「・・・わ、私の事はどうでもよい」
「話を振ったのはあなたではないですか」
「いいから先週の港の輸入品目録を作成しろ」
「こちらにできております」


若き税務官の仕事は完璧で漏れがなく、しかも早かった。
男は権力は上であったが、
どうにも反論できずに言い負かされる日々が続いた。


「この交易明細は牛一頭に、なぜこんな銀を払っているのだ」
「東では銀の価値が落ちているようです」
「新しい鉱山でもできたのか」
「いえ、こちらの鋳造の純度に問題があるかと」
「領主に進言せねばならんではないか」
「硬貨鋳造は国が銀の産出に合わせて、純度を決めております。
 量が採れぬものは進言しても無駄でしょう」
「しかしこれでは街に高値を呼ぶぞ」

「支払いに混ぜ物を入れるのは何も硬貨に限りません、
 彼らは山の民です」
「・・そうか。今年は魚が多く捕れる」
「山まで運ぶのですか。ほどなく腐りますでしょう」
「む・・わかっている。では、うーん」
「海に眼をつけたところまでは正解です」
「黙っていろ。わかった。珊瑚だ」
「はい。珊瑚は珍重されるでしょう。しかし国の許可が要ります」
「これこそ領主に国の許可を進言すべきだ。文面を用意しろ」
「こちらに」
すでに税務官の手には文面が用意されていた。



彼は悔しかったので必死に貿易を学んだ。
ふたりの会話は日に日に高度になり、周りの貴族たちの噂にもなった。

「彼らの話にはもうついてゆけぬ。たいしたものだ」
「ふたりとも相当な知恵者であるな」
「しかし会えば口論ばかりしておるぞ」
「仲が良いのか悪いのかわからぬな」

貴族たちの声が届くにつけ、領主はにこにこと満足げであった。
この二人の話は全国に広がり、多くの商人が街に移り住んだので、
街は、大きく栄えた。







だがある朝、事件が起きた。
若き税務官が国の兵隊に取り押さえられたのだ。

男は明け方に知らせを聞いて仰天し、領主の元へ馬で駆け付けた。

「これはいったい、どうした事です」
「私も今朝、聞いたばかりなのだ。横領の咎らしい」
領主も沈痛な面持ちであった。

「横領?あの糞真面目な男が最も行ないそうもない罪ではないですか」
「しかし証拠があるらしいぞ。そして悪い事に、小麦だ」
「小麦ですと」
「うむ。燔祭に使う小麦の横領は、最も罪が重い。
 司祭の連中も神への冒涜と息巻いているらしい。
 おそらくは逆さ吊りで鞭打ちの上、砂漠に追放になるやもしれん」

「しかし責任者は私です。なぜ彼だけが捕らえられるのですか」
「お主の知らぬ事と言ったらしい。先月の遊牧の民との三度の交易だ。
 聞いておるか?」
「・・・いえ、確かに聞いておりません。
 小さな交易は、最近は全て任せておりました」

「失礼致します」
部屋に領主付きの執事が入ってきた。

「おお、なにか分かったか」
「はい。税務官様は都の裁判所で三日後に査問にかけられます。
 その後すぐに刑の執行が行なわれます。
 さすがに御本人とは話はできませんでした。
 あと、証拠とは交易明細のようです」

領主と彼は互いに顔を見合わせた。
「譜に落ちん。小麦を盗んでおきながら、まともな明細を提出したのか。
 そんな頭の悪いごまかしだと言うのか?」

「はい。明細では遊牧の民が受け取った小麦の量は升1130ですが、
 実際に倉庫から減った小麦の量が升2120。
 升990の横領と言う事になっておりました」
 
「・・20俵近くも盗んだのか? 一人では無理だぞ」
執事が下がった後、領主がいぶかしげに呟く。
この頃の1俵は、およそ升50の小麦が詰められていた。

「領主様。私はこの事を調べとうございます」
男は言った。

「うむ。私からも頼もうと思っておったのだ。
 今だから話すが、お主を今の役職に強く推したのは、
 ほかならぬ彼なのだからな」
「何ですと」男は驚いた。

「火事と養子の話は聞いておった。
 それからの店の切り盛りの事もな。一気に街で頭角を現した、
 知恵者であると言っておったぞ」
「・・・・・・そうでしたか」


領主の元を去った彼は、交易の仕事を部下に任せて情報を集めた。

倉庫の小麦は確かに升990が足りなかった。
しかしどこを探しても小麦は出てこなかった。
明細は民から直接卸業者に渡された。
その時点では何一つ問題がなかった。
普通にある交易だったので、税務官も問題なく判を押した。

そして、この遊牧民との交易は以前に例がなく、
しかし彼らが困っていたので、特例として今回三度だけ、
執り行った事までが分かった。
明細の数字は三度とも交易相手の遊牧民の直筆で、
疑いようのないものであった。

日々は空しく過ぎて、刑の執行の前夜を迎えた。



(一体何が起きたのだ)
彼の頭には、微塵にも税務官の犯罪の可能性は浮かんでこなかった。
(絶対にない。絶対に、あり得ない。あいつはそんな男ではない。)

「絶対にあり得ない」男は独り、暗くなった部屋で、
最後には声を出して呟いた。

途端、ぼろぼろと涙がこぼれた。
「絶対に、あり得ない。・・あいつはそんな事はしない。
 それは私が一番良く知っているのだ。良く知っている。
 それなのに・・どうすればあいつを助けてやれるのだ」
男は机に伏して泣いた。



その時、声が聞こえた。

「おお、このようなところで泣き崩れるとは哀れな。
 なぜおまえは暖かな寝床を求めないのか」

「あなたか。こんな時に眠れるわけがない。
 明日には彼は鞭で打たれて砂漠に追放されるのです」
「そしてお前を打負かすものは、誰もいなくなる」
「もはやそんな事を望んではおりません。
 ああ、どうして私は運が悪いのだろう」
「そんなに運が悪いかね」
「そうですとも。やっと彼に心が開けたと思ったのに。
 どうして彼があんな目に会うのか、その答が知りたい」
「それが最後の願いかね」

男は声のほうを仰いで言った。
「お願いでございます。彼を助けてください。
 私をお導き下さい」
「いいだろう。では今よりお前には、答を見つけるまでの時間がある」

そして三日目の朝になった。



都での査問は簡単なものであった。
司祭長の問いには、税務官は「身に覚えがない」の一点張りだったので、
最後まで罪を認めぬ悪人として、鞭打ちは最高刑の一千回に決まった。

「一千回。死んでしまうぞ」
領主は震えた声で言った。彼と領主も都に来ていた。

あれよあれよという間に執行の準備が行なわれ、
中庭の木に、若き税務官は逆さに吊るされてしまった。

(神よ!答を見つける暇などないではないか!)
中庭の隅に追いやられた男は、木を見、彼を見て、天を仰いだ。
その時、ぽつりと雨が落ちてきた。


晴れ間であるのに雨は急に激しくなった。

司祭達は法衣が濡れるので慌てて逃げ戻り、
中庭には彼と領主と吊るされた税務官だけになった。

「むぅ、雨が止むまで刑は延期だのう」司祭長が言った。

男は吊るされた若者の顔を見た。
若者もまた彼を見て、にこりと微笑み返した。



(ああ!そのように逆さに吊るされてまで、どうして平気でいられるのだ!
 逆さに吊るされて・・逆さ・・・そうか!)





男は閃き、ひさしの元で雨を避ける司祭長に駆け寄った。
中庭の真ん中でひざまずき、彼は叫んだ。
「もう一度、今一度明細をお調べ下さい!」

「何事かね、もはや調べはついたのだぞ」
「交易は三度、ならば明細も三枚でありますか」
「当然だ。その明細がどうした」
「三枚の数字をもう一度この場で、教えて頂きたく思います」

「・・・最初の交易が、小麦。升425。
 またその次の交易が、小麦。升388。
 そして最後の交易が、小麦。升317。
これで合計。升1130。
 なにかあるか。」

男は素早く計算し、答えた。

「その数字はさかさまでございます。」
「何?」

「一度目は、升524。
 ニ度目は、升883。
 三度目は、升713。
これで合計、升2120でございます。
 その差990。
 消えたのではなく、もともと売られた小麦は2120だったのです」

司祭達は顔を見合わせた。雨に打たれながら男は続けた。

「今度の交易ははじめて接する遊牧の民でした。
 彼らの中には文字を右から逆に書く部族もいると、
 何かの本で読んだ事があります」

「・・確かに彼らが書いたのは、明細の原本の上の数字だけだ」

「ではお調べ下さい。その時の業者は、升1130ではなく
 升2120に値する対価を、民から得ているはずでございます。
 騒ぎが大きくなったので、恐れて口を閉ざしているのです」

男がここまで言った時、降る雨は、ぱたりと止んだ。

司祭長は考え込み、そして言った。
「彼を木から降ろせ。冤罪では取り返しがつかぬ。
 もう一度調べ直すのだ」




従者が駆け寄るよりも先に、彼と領主が若者を木から降ろした。
ずぶ濡れでよろよろと座り込んだ若者に、
彼は上着を掛けてやった。

「もう大丈夫だ。よく我慢したな」
「まだ鞭も打たれておりませんから」若者は弱々しく笑った。

「なぜ平気だったのだ」
「え?」
「なぜ笑っていられたのだ」

「・・まことに身勝手ではございますが」
「なんだ?」
「あなたが、必ず疑いを晴してくれると信じておりました」

涙を流したのは、男の方であった。





『賢く分別のある敵は、時に人生において最も貴重な友となる』




その後の調べにより、男の言った通り業者が罪を認め、
しかし取引は正当であったので、厳しい叱り置きで解決した。

二人は領土に帰り、何事もなかったかのように、
また日々の口論を繰り返し、

しかし街は大いに栄えて、吊るされた若者と男の話もまた、
人々の口に語り伝えられたと言う。




カードの真意「犠牲・発想の逆転」


さて、今回は「吊るされた男」でした。
なんというか、アンフェアなミステリーみたいでしたね^^;
まぁ謎解きが主体ではないので、ご勘弁を。

どうして良いのか分からない時期ってのは、
人生においてままある事です。
そんな時、多くの人は「我慢する」のですが、
これにも時と場合があるのですね。

我慢と言えば聞こえはいいですが、
ひょっとしてそれは、解決する事を放棄していないか?
傷ついても動く事を、恐れているのではないか?
そんな時って、あります。誰にでもあります。

人間はほんとうに人生を変えようとしません。
苦しかったり、悲しかったりしても、それでも、
人生を変えない場合があります。

考え方は、変えない方が楽だからです。

動くよりは、我慢する方が楽。
結論を出すよりは、先延ばしの方が楽。
これは日本人的体質なのでしょうか、堪えて忍べばいつかはきっと、
そう考える事は本当に多い。しかし、

そこには「固執」が隠れていないでしょうか?
「意地」が隠れていないでしょうか?

ほんのちょっと逆さまに考えれば、
今まで大事だと思っていたものが、じつは単なる負担だったリ、
その逆で、どうでもいいものが突然異彩を放ったりします。
親友が単なる知人であったり、
逆に口やかましい上司が、けっこうな人情家だったり。

そこで輝いた心の閃きに、素直に従えるでしょうか?
殉じる事ができるでしょうか?
認められるでしょうか?


それとも過去にしがみついて、
閃きを押し込めるのでしょうか?


日々堪える事が、本当の犠牲ではなく、
そのこころに思いきり殉じ切る事こそが、
本来の「犠牲」の意味かも知れません。

発想を切り替えれば、単に捨ててしまえば、
簡単に解けてしまう「しがらみ」っていうのは、
人生にとても多いものです。そーいうカードですね^^

ですから特にカップ/ソード系の悪いカードの傍に出たなら、
じっくりと周囲の関係を見直して、
ポンと吹っ切るのが大事ですよ^^



では次回は「死神」です、
どんな運命が、待っているのでしょうか?


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